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実録・新選組
二十四時!
一話 二話

実録・新選組二十四時!①
 

春、到来。
その桜が芽吹く暖かい季節に日本人は…いや、四季折々の全てが艶やで美しい国に生まれた日本人だからこそ、桜を愛でる花見と言う習慣が大切にされている。それが例えば、国を揺るがすような未曾有の大事に置かれた江戸の末期も例外では無く。日夜その限りある命を刃に賭け文字通り命懸けで働く新選組も例外では無い。

ただ、それを鬼の副長こと土方歳三はそう容易く許可する筈もなく。
花見云々と浮かれるべきでは無い。と叱咤。それ故に尚更のこと隊士達から不平不満を受け。鬼と言われていたが、それは、この日の午前中までだった。(隊士達を哀れんだのか、鬼と言われている土方を悲しんだかは謎だが)見兼ねた近藤が、土方に、日夜命懸けで生きているからこそ自分達は楽しめる時にめい一杯楽しむべきでは無いのか。と掛け合った。そして、桜の一つも愛でる余裕も無い侍は野暮だ。と言うモノだから流石に土方も渋々ながら折れ。新選組で花見と成った次第である。

その日、新選組屯所の近場にある一本の満開の桜木の真下を陣取り。座敷の上に重箱を広げ。酒樽を積み上げ。女っ気が一切無いと言うだけで、そこは立派な宴会場だ。


「どーすンだよ。コレじゃ屯所に誰も居ねぇと言ってるようなもんじゃねぇか」

沢庵は重箱に入れると臭いが移るので土方専用に用意された中身がほぼ沢庵の弁当を摘まみながら土方はぼやいた。

「まぁそう言うなよ。息抜き出来ていーじゃねぇか。本当は、お前もこう言うの好きなくせにー」

既に微酔いで上機嫌な近藤が肩をバシバシ叩き。土方は露骨に柳眉を吊り上げ、うるせぇ。と一言で振り払った。しかし相手は酔っ払い。
近藤はハハハと自慢の大口で笑いながら、隊士の輪に加わって行った。その背中を見て、土方の身の根底から一息溢れる。土方が懸念しているのは、隊服も着て居なければ隊旗も掲げていないと言えど、こうも新選組があから様に息抜きしていていいのだろうかと言う事だ。そして、酒がさほど強くない近藤こそが身内のみの席で無礼講とくれば筆頭になって羽目を外すのだ。平気で吐くまで飲み続けるのだ。
因みに、輪の中心に居る奴が幾人か既に腹躍りに入っているのも伺える。現在進行形で、泣く子も黙らせる新選組の実態がどんどん世間に露見し続けているのだ。

マジで、勘弁してくれ。土方は一人心中でほとほと嘆き。再び盛大な感嘆を吐き出した。

「土方さん、そんな溜め息ついたら桜に失礼ですよー。こんなにも綺麗に咲いてくれてるのに」

徳利を片手に擦り寄って来た沖田。腰元には当然脇差しだけを差している。普段から賑やかな沖田だがベッタリ真横にひっ付いて来てケラケラ気楽に笑っていて、新選組一の手練れがコレじゃ駄目だ。と頭痛を発症し始めて、再三の溜め息が出てしまう。

「桜に失礼なのはどっちだよ。花なんざクソも見てねぇアイツらだろ。男の腹を見て何が面白いってンだ」

「でも、花より団子って言うし。楽しめばそれで懸命に咲いている桜も、本望でしょう?」

ね?と言って、だから土方も楽しむべきだ。とでも杯を差し出した

「ほら、一献どーぞ」

苦虫を酒で流し込むが如く土方は猪口を取った。喉に流すと再び沖田が徳利をそこに傾けてくる。
ここで、人一倍近藤より遥かに下戸である土方はソレを突っぱねるのが普段通りなのだが、この時ばかりは苛立っていた。と言うか、むしゃくしゃしていた為に、ほんの細やかな沖田の軽口に対しても、少しの意地が手伝い自棄に成って、沖田の手から徳利を引ったくり、一気に仰いだ。のが、やはりマズかった。
実は半分以上の酒が入っていたその徳利。途端に、カッと耳まで真っ赤に土方の顔が染まり。口端から溢れたのをグイッと腕で乱暴に拭い。沖田へ空になった徳利を突き返した時既に、土方の双眼は胡乱に揺らいでいた。

「流石は土方さん。呑むと男っ振りが一段と上がりますねぇ」

などと囃し立てる沖田は少し背後へ振り返り。肩越しに、ニヤリ、それはもう凶悪に微笑んで一人の隊士へ目配せ合図を出した。それを受けた隊士は頷き。直ぐに既に打ち合わせ済みの物を持ってくる。そして沖田は手に受け取って、再び土方へ向き直った

「さぁ、土方さん。そんなしょっぱい漬物ばっかり食べてないで、団子もどうですか?」

「…ぁあ?」

土方は沖田の手にある物を見て、パチッと瞬きした。

「みたらし団子くらいイケるでしょ?」

沖田が持っているのは至って普通の串に刺さったみたらし団子。

「いらねぇよ。酒の肴になんで甘いもの食うンだよ」

「だからぁ、花より団子って言うんですよ?なので、本当に団子を用意してみました」

団子をチラつかせながら沖田は尚も土方に酒を進めてゆき。土方はいつもの調子で軽口を叩きつつ、桜の真下の片隅で御大尽さながら、踏み出すよう伸ばしていた片足を曲げて胡座に構え。沖田の酌に流されるがまま呑みだした。そんな二人の様子を、馬鹿騒ぎに興じる隊士達が遠巻きから固唾を飲んで伺っていた。

目を惹くのも無理は無いだろう。男所帯の中で土方の容姿は常日頃それはそれは目に毒なほど映えている。艶々しい黒髪に際立つ木目の細やかな白肌。満開の桜花にも退けを取らない極上の美丈夫だ。
それが例え男であろうと、阿修羅や鬼と恐れられるほど気性が荒く、口を開けば粛清だの切腹だの物騒な事しか言わない奴でも、健全たる大人の男子には何の支障も無く。その冷ややかな眼差しや血も涙も無い事を言う薄い唇さえ寧ろ色んな意味でゾクゾクと寒気を通り越しただ魅了されるだけだ。その土方が、ここで酔い始め乱れようと言うのか。隊士達の期待の視線が一心に注られている。もう変な顔が書かれた男の腹は勿論、(最初からさほど観てなかったけど)桜すら目に入らない。だから先程、脚を立てて座っていた土方の着流しからチラついていた太股に視線を釘付けにされている者もいた。しかし、誰もが皆土方へお酌はおろか近付く事さえ出来ないのは、隣に居るのが沖田総司であるが故だ。

「清水のあの店から朝一で買って来たんですよ。一つくらい食べて下さい」

ズイッと差し出す沖田は、やはり見る者が見れば恐怖すら感じるだろうの微笑みを浮かべている。ここで通常なら、何を企んでいる。と土方も身の危険を関知出来るが酒のお陰で気を緩めていた。舌打ち混じりでも長年の弟分のお願いにあっさり応える事にして、沖田の手元にある団子を少々自棄気味に噛じりつく。そこで団子を取って自ら食べようと思わず。うかっり食べさせてもらおうと思ってしまったのはやはり酒が入っている為の無意識か。

あぁ~~~~!俺もヤりたい!!

遠巻きに居る男共が一斉に心中で雄叫び身悶えた。土方の酒で血色が程好い赤色の頬や唇が非常に如何にも煽情的だ。宴も佳境のこの時この場は酔っ払いの集団である。相当頭が沸いている状態と言っても過言では無い。否応にもボルテージが急加速で上がった不埒な男共の特に下半身にダイレクトに刺激が直撃。因みに当の土方は酔眼に朦朧としているから辺りの異様な空気に気付かないのが救いか。隊士達は地面に突っ伏し掛けながらも何とか持ち堪え土方から視線を反らせないでいると、

「あぁ、タレが付きましたよ。ここに」

ちょいっと口端を指先で沖田が突くと土方は顔を顰め。親指の腹で拭い、そこを更にチロっと真っ赤な舌で舐め上げたのだ。

「もぅいいだろ。満足したか?」

言う通りに食っただろ。と沖田に投げられた続く台詞だったが、その如何にも不埒な事を匂わせるような仕草を目の当たりにさせられ、酒で妙に掠れた声を聞いてしまった隊士達の耳へ届けられる前に、皆は揃って前屈みのままドサドサっと地面に総崩れした。

「おや、だらし無い。花より団子を見てるからですよ、皆さん」

桜の下一面を噴出した鼻血で赤く染め上げ動けなくなっている隊士達をフフと一笑して至極楽し気に白々しく言う沖田は当然こうなる事など見越していただろう。これが狙いだったらしい。

「そんな所に血を撒いたら、桜が紅くなっちゃうかもしれませんね」

「なに?」

「いいえ、なんでもないでーす」

土方はやはり辺りを特に気にする事も無く、ちびりちびり手酌で呑み続けており。沖田はいけしゃあしゃあと土方に引っ付いたまま花見に興じていて。その背後では、前後不覚に陥りながらも近藤が隊士達の輪の中で人一倍盛り上がっていた。

 

実録・新選組二十四時!①

実録・新選組二十四時!②
 

屯所にある風呂はいつ何時でも入れるよう管理されている。それは新選組が二十四時間体制で起動している為だ。ただ大半の隊士は夜勤で無い限り夕食を済ませた後は各々が自由に過ごし、入浴を済ませ、適度な時刻になれば就寝する。

しかし、土方は違った。会合でも無ければ夕食を済ませた後は部屋に籠り執務に専念し。寝るのも、大好きな風呂も、どうしても後回しになってしまい。入浴などは夜更けに成ることが多い。だから尚の事、夜更けに隊士達は風呂場に近付く事すらほぼ無いに等しい。

いや、確かにこの屯所には、あわよくば土方に近付きたい不届き者がそれはそれは大勢いる。土方自身は、己は羅刹だ鬼だと恐れられ隊士達からは嫌われていても好まれていなくて当然だとも思っているだろうが、それは単なる誤解である。誰一人として抜け駆け出来ぬよう隊内で紳士協定が結ばれているだけだ。誰もが皆思いを告げる等はもっての他、軽々しく無闇に接触したりもしない。何しろこの協定を締結させているのは、この京の都をこの国を震撼させている人斬り集団の中に於いても手練れ中の手練れた猛者達である。土方が着替えている間や入浴中などは沖田や斎藤を始めとした者が、代わる代わる必ず見張っている。近付こうにもけして近付く事が出来ない。

そして、そんな怖れ多い輩もこの新選組には存在しない。ある意味では局中法度より重んじられているその結束を命を棄てる覚悟で破るより、命有る限り土方に尽くしていた方が賢明だろうからだ。


しかし、何事にも例外と言うモノがある。その日、土方は珍しく執務が捗り。未だ皆が寝静まるような時刻でも無い時、たまには早く風呂を済ませ寝てしまおう。と一服を終えて着替えを手に廊下に出た所で、
それを目敏くも見咎めたのは藤堂であった。

「えっ、土方さん!ひょっとしてこれから風呂!?」

血相を変え飛んできた藤堂に土方の方が狼狽えた。

「ぉう…、今日は早めに片付いたからよ。久々にゆっくり入ろうと…」

応えた瞬間、ガシッと藤堂が肩を掴んだ。その顔は真剣で軽く眼が血走っているように見えた。何がいけないのか、土方は困惑する。

「分かった!ちょっと待ってて。今入ってる連中追い出すから」

「なんでだよ。別に一緒でも構わねぇだろうが」

「いやいや構うから!!駄目だって!風呂場を血で汚すつもり!?」

悲鳴にも似た声を出す藤堂に、つい土方の額がヒクッと一つ動いた。
それを見た藤堂。あ、と思った時既に、

「いくら俺でも、風呂場で腹なんざ切らせねぇよ」

そう一言返して藤堂の制止を振り切る土方。

「違う!ごめん土方さん!そうじゃ無いんだって!!あぁあホラ、ゆっくり入るなら一人の方がいいんじゃない?ね?そうだよね」

「うるせぇ、邪魔だ!」

何とか食い止めるべく縋る藤堂だが、足を進める土方の顔には、何がなんでも入ってやらァ!と書いてある。こうなると土方を制止する事など出来ようも無い。藤堂は悟った。きっと土方は誤解している。風呂も一緒に入られ無いほど避けられているのか。と、そんな見当違いな疎外感を味わせていて良いのか、藤堂は悩む所だが本人に真相など言える筈も無い。藤堂が試衛館に転がり込んだ時、酒の席だったか何かの拍子に聞いたのだ。土方は幼少の過去に男に言い寄られ、それから男色はトラウマに成っていると言う事を。だから、真相を話した時に土方はどう思うのかとても怖くて言い出せないのだ。いや、もう幼少では無いし。いい加減に真相を全て話して自分で保身してもらった方が安全のような気もしなくは無いが。藤堂が土方の後ろ姿を泣く泣く見送っていると、

「戸板でも、用意した方がいいんじゃないか?」

背後から気配も無く不意に聞こえてきた至極落ち着いた冷静な声に、
藤堂は心より感嘆を吐き出した。

「見てたなら止めてくれよ。ハジメちゃん…」

「こんな機会そうそうに無いだろう?アンタみたいにお人好しじゃないからな俺は。見過ごす気は無い」

そう言う斎藤の手にはしっかり着替えが抱き込まれてあった。

「ハジメちゃん、さっき君は風呂に入ってた気がするんだけどな…?」

「出来る事なら一刻毎にも風呂に入りたいほど俺は潔癖なんだ。文句あるか」

「お前なんか風呂に入り過ぎてふやけてろっ!茹で上がっちまえ!!」

藤堂が見るからには殆ど平時と変わらないと言えどどこか嬉々として浴室へ向かう斎藤の背に、ありったけの罵声を浴びせながら、見送る他は無かった。




そして、藤堂が戸板を持って風呂場に向かうと案の定、なにも土方が腹を切らせた訳でも無いが、確かに土方のお陰で浴槽は真っ赤な血の池に変わっていた。そして、運が悪いのか寧ろ良かったのか、居合わせた隊士達がそれはもう長く伸びた鼻の下を血で染めながら横たわっていて。その奥で、逆上せたのか?と首を傾げる土方の背中を、知りません。と素知らぬ顔で返しながら至極楽し気に流している斎藤が居た。
 

実録・新選組二十四時!②
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