top of page
Paordy novel.
×土方

焼き鳥二人前テイクアウトで
 


「ガツだな」

「ボンジリで」

「じゃあ、ねぎまタレ?」

「いや、塩でしょう」

「タロさん渋いなー」

「好みの問題では?それに、私より歳上に言われたくないが」


土方の仕事終わりで松平は夕飯に誘い。訪れたのはガヤガヤと客や店員の声で賑わう繁華街の中心にある全国チェーン展開中の居酒屋。個室では無いが引き戸で一区切りにされた小上がり座敷に2人は通さ。土方が座布団に胡座で座って早々に煙草と携帯を卓上に放り出し上着を脱いでネクタイを緩める向かい側で、松平は引き戸から顔出す店員にビールをジョッキで2つと声を掛ける。
戸が閉じられ。土方が向かい合う松平にも見えるようメニューをテーブルの上に広げ、その会話だった。どうも食い違う好みに松平は苦笑しつつ、直ぐにビールと通しを持って来た店員にそれぞれの注文を済ませた。

火を灯した煙草を灰皿の上に置き通しを肴にビールを呑む。会話は専ら仕事の話し。主に背の低い上司の愚痴だったり噂をしている間に、メインの焼き鳥が並ぶ。その間に松平は日本酒を追加した。土方と言えば、それほど酒は得意では無く。始めのジョッキ半分も減れば顔色を変え、料理を多く摘まみながらも漸く一杯終わりそうな頃には上機嫌だ。松平の酒が来ると、土方はそれを店員の手から受け取り。松平の方へ回り込んで隣に座った

「酌してやるよ」

「それはどうも」

ジョッキ一杯でコレとは安上がりだな。と思いながら、松平は土方の注いだお猪口にチビリ口を付ける。それを見ながら土方も残り少なくなってたジョッキを一気に傾けた。繁盛する店内の人の賑わいと充満している炭火の匂いで気温は少し高い。それに酒も相まって土方はメニュー表を団扇にパタパタと扇いだ。

「熱くね?」

「呑んでるから多少は」

熱いかもしれない。と言う松平は微塵も顔色を変えていないし。上着は脱いでいるがネクタイは乱れず首元にある。一方、土方は熱い熱いと戯言のように繰り返しながらシャツの釦を半ばまで外す

「………。」

「どうした?」

「いいえ、」

松平は穏やかに笑みを浮かべ、土方の腰へ片腕を回した。直後、焼き鳥の串に伸びていた土方の指先がピタッと止まる。そして松平の顔を見れば、素知らぬ面持ちで銚子を進めている。

「タロさん、熱いンだよ。くっつくな」

「隣に座って来た人が言いますか」

「くっついていーとは言ってねぇ」

「なので自主的にしています。」

「しなくていいし。酌もしたし。戻っていいか?」

「そこで、どうぞ。と言うとでも?」

疑問文を疑問文で返し。身動いた土方を締めるよう腕に力を加えた。始めこそ土方は止めろだの離せだの文句を言って抵抗したが、酒で気は緩んでいる。なんちゃって個室のような一区切りされている場所で誰の目に触れる訳でも無い。と早々に諦めた

「こんな所で変な気起こすンじゃあるめェな」

「さぁ?」

ニッコリ笑みを深める松平。銚子を離した手を土方の開くシャツの合間へ滑り込ませるが、

「刺すぞコラ」

ドスを訊かせた声。いつの間にか握っている焼き鳥の串を鼻先に突き付けてきた。松平は目を俄に丸めただけで特に表情を変えず、冗談ですよ。と微笑んだ

「冗談なら、帰っても今日はしねぇの?」

言って、土方は串を皿へ放り投げ。松平の唇を掠めるよう自分ので啄んだ。そして挑発的に笑う。今度こそ不意打ちを食らった松平は反応が一寸遅れた

「いや、…可能であれば、したい…ですが」

本音を漏らしながら思わず舌がしどろもどろになり。土方はその松平の驚きように満足したようで、派手に声をあげて咲笑った。どうやら本格的に酒が回ってきたようだ。

「タロさんでも動揺するんだな」

「そりゃ人並みにしますよ。私を何だと思ってるんですか」

カラカラ笑い続ける土方の横で松平は明後日の方を向き、取り敢えず、新たな煙草に火を灯し一服。ふう、と一吐きすると真横から名を呼ばれ。振り向けば、土方が焼き鳥の串の持ち手を口で噛んで突き出している

「ん、」

「……。」

意図は瞬時に分かったが松平は瞬きさえ止めてしまった。串の先には、相変わらず端麗で挑発的な微笑をニヤリ浮かべている美男。松平は口元の煙草を指先で外し、その串の具を半分程がぶりと含んだ。ホントに食いやがった、と土方は物凄く楽しそうだ。そして残りの具を食べているその隣で、松平は土方が居る反対側へこっそり溜息と紫煙を吐き出した。なんだこのエロ上戸な素敵三十路は。と。かなり酒に強い自信はあるが、急に軽くアルコールが回ったのかもしれない気がした。

しかし、こう今夜のお許しも出たし、無意識か酔っ払いの戯れ言か分からないが、いやこの際だからどっちでも構わないが、その気にさせられたと言う事は、このまま土方に酔い潰れられるのは頂けない。そして既に食も酒も程好く進んだため、もうこの場に留まる事はない。

「土方さん、そろそろ出ます?いや、出ますか」

「えー、俺まだ食い足りねぇもん。次はセセリとつくねと豚串追加な。シメは梅茶漬け」

下戸故にこう言う場では食に徹するのは分かるが、どれ程その細身に詰め込めば気が済むのか。そして更に酒も選ぼうとしているようだ。

「酒なら部屋にも有りますよ。焼き鳥持ち帰って呑むのはどうです?」

「俺、冷えたヤツ嫌だ」

「コンロで炙り直せばいいでしょう?」

「茶漬けは?」

「ふりかけタイプの物なら。途中コンビニで飯を買えば」

土方は分かったと頷きメニュー表を見て考え始めた。それを尻目に松平が煙を吹いていると、再び真横から名を呼ばれ再度振り向けば、土方が焼き鳥を手に持って、オラ、と突き出している

「最後の一本、いるか?」

「…さっきの方法は?」

「二度とするかよ。タロさんの驚く顔が見たかっただけ」

「それじゃこのままで妥協します」

串を持つ土方の手に掌を重て掴んで焼き鳥を頬張った

「恥ずかしい事するな」

「させてる人がよく言いますね」

銚子の残りを一思に空にして焼き鳥を流し込む。呼び出しボタンを押すと直ぐに店員が顔を出し。松平が言った

「焼き鳥の詰め合わせ二人前、テイクアウトで。」

焼き鳥二人前テイクアウトで

金曜の恋人

シャワーの詮を閉めるキュッという音。いつの間にか俺の聴覚は、それを敏感に聞き取るようになった。その音は俺にとってまるで、敗北を知らせる合図のようだ。

俺がベットの上でダラダラ煙草に火を点けていると濡れた髪を拭きながら戻ってきた上司。何となく浮かない顔をしている。時計を見ればとっくに零時を回っている。俺は笑った。

「寝てただろ、アンタも」

「うん。うっかり。疲れてたんだ、ここんとこ忙しかっただろ?」

穏和そうに苦笑して大鳥さんは目を細めた。向こうに遅くなった言い訳をする時にもこういう目つきをするのだろうか、と俺は思って、視線を逸らした。

「…奥さんも寝てんじゃねぇの?」

「さあな」

まるでどうでも良さそうに大鳥さんは言った。でも、それが彼なりの不細工な優しさであることはわかっている。

彼は俺の前ではいかにも夫婦仲は冷え切っているように振る舞うが、少なくとも奥さんは彼に執着していると、俺は知っている。それは、ほんの小さなことから推測できる。彼のワイシャツがいつも皺一つなく糊とアイロンがきいていることや、衣変えの時期になると彼が見慣れない真新しい靴下や下着を身につけていること、財布の中に常にある程度の金額が入っていること。幼い子供の写真も入っている。それらは、彼女が今も彼をほったらかしにせず、彼の生活に家庭が深く関わっていることの証拠だ。

時々、そんなことをいちいち数え上げて比べたり測ったりする自分の底の浅い思考が嫌になる。何を敵視しているんだ、と己を嘲笑うことさえある。向こうは如何にも順風満帆な家庭。かたや俺は愛人とすら呼べない、上司と部下でズルズル続いているだけの、ただの、


「君、タバコの銘柄変えたのか」

紫煙を追っていた目を向けると大鳥さんはまだ上半身裸で、顔をしかめていた。

「それがなに」

「そういえば今日はコロンも変えてたな。女か?」

「さぁ?どうだか」

言うと彼は恨めしげな目をくれたが俺は涼しく肩を竦めてやった。
セックスの回数なら、電話の頻度なら、一日に一緒に居る時間なら、酒を飲んだ数なら、俺の勝ち?……そもそも、そこまで張り合い、競い合う価値がこの男にあるのだろうか?


「ソレ、前の物より臭いがキツいぞ」

「そうか?アンタの浮気がバレたりしてな」

あくまでも冗談。そんなのどうとでも言いわけ出来る。女の香水を付けてるわけじゃなく。煙草だって、喫煙席に座ったとか同僚が煙草を吸う奴。とか。残り香とかいうドラマで見そうな女の手口は、俺には使えない。

大鳥さんは苦笑をしながらシャツのボタンを止めている。少し浅黒い肌が、白いシャツに覆われてしだいに見えなくなっていく。俺が彼を独占できる時間に幕を引くように。


「まぁ、来週から俺出張だし。せいぜい家族サービスしろよ。パパ」

大鳥さんの唇が、ちょっとつまらなそうに歪んだ。そこでまた、微かに家庭との差を計る自分の愚かさが、しみじみと嫌になる。


最初は大鳥さんが声を掛けてきて流れで呑みに行き、更に流れてホテルに行ってからの関係。正に行きずりだったはずで、その翌朝、大鳥さんから頭を下げられた。この一度きり、そう唇を噛んだ上司の顔を見た時に、やめよう、と俺の頭の冷静な部分は確かに考えたのに、俺は、続けたい。と口を動かした。俺のその言葉を聞いて大鳥さんは一瞬だけ、ほっとした表情を見せた。これで、この関係は俺が望んだと言う事になるのだろう。どうして先回りしてしまったのか。冷静な俺がため息をつくのを聞きながら、俺は彼の手をとったのだ。

まだ秋だというのに今夜はかなり冷える。エアコンのリモコンを手にしたとき、大鳥さんは言った。

「悪いと思ってる」

俺は首だけで振り返った。大鳥さんは面倒そうな手つきでネクタイを結んでいるところだった。横顔がいつになくオッサンじみて見えて、胸を衝かれた。家庭を持ち、社会の波に揉まれて気苦労の多い生活を送ってきた大鳥さんの目元には、その長い時を相応に現したシワが刻まれている。不意にそれに気づいた。
いつまでも、何も変わらないようなつもりでいても時はきちんと流れる。俺たちの関係だけが特別に時に置き忘れられるわけはない。
俺も彼も着々と年をとる。変わらないものなんて何もないのだ。
俺は初めて、自分の内部を覗きこんだような気持ちになった。

「なぁ…」

「ん?」

「俺と、」

「うん…?」

大鳥さんは寝室の薄暗がりから俺を見た。上着を腕にかけ胸ポケットから煙草のパックが透けて見える。いつもの、だけど明日はいない今この時、金曜の夜だけの、男の姿。それでも。俺は続く言葉を失い、喉までせり上がってきたそれを飲み下した。
俺と、なに?ずっと一緒にいよう?逃げよう?暮らそう?どれも馬鹿げてる。不自然で背徳的でどうしようもないこの関係に、未来を望むほどの価値は無い。

大鳥さんはじっと俺を見ていたが、やがて、少し寂しげに言った。

「じゃ、再来週だな。電話する」

「あぁ」

「君も、たまには仕事以外に電話寄越せよ。そこまで気にすることないだろ」

「わかってるよ」

毎度お馴染みなやり取り。大鳥さんは、俺から電話をすることなど無いと知っていながら言っている。俺も決まって、わかってるよ、とだけ答える。本当は彼の言う通り、たまに電話くらいしたって構わないのだろう。女じゃあるまいし、携帯に『会おう』とメールを送ったって、不自然には思われないだろう。だが俺は頑なにそれをしない。意固地になっているのかも知れない。
自分が何かにつけてどれほど罪悪感に鬱々とした思いをしてるか、諦めようとしたか、別れようとしたか。考えれば考えるほど面倒くさくなって頭の中で絡まって、しまいに結論などどうでもよくなってしまったが、でも俺は、自分からは連絡を取らない、頼らない、要求しない、と決めている。そうやって全てに言い訳し、妥協して、俺は彼との関係を引きずってきた。

惰性で流れ出したオールのない小船は、今や、広大な淀んだ湖の真ん中を漂っているだけ。



「大鳥さん」

「ん?なんだ?」

「今朝コロン忘れたら伊庭にかけられた。煙草は売り切れで良いのがコレしかなかった。それだけだ」

冷静な俺が胸の奥底で溜め息をつくのを聞きながら、俺は、彼の手が伸びてくる金曜が再び訪れるのをまた待つだけ。新たな煙草をくわえて火をつけると、エアコンの風に吹き散らされて小さな火の粉が空を舞った。弱々しく情けない、懺悔。
 

金曜の恋人
bottom of page