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Etre fait comme un rat
 


「重い…」

「お前が悪いんだろ…」

「・・・・・。」

先に歩く男に俺は眉間に皺を寄せながら、手に持った買い物袋を今すぐにでも投げ捨てたくなった。
始め、今まで貯めてた小遣いで旨いもの食べようと俺が目の前の薄情な男…鉄を誘った。
そしてそれを局長に伝えると局長はついでに沖田さんへあげたいから金平糖を買って来てくれと金子をくれた。次に副長に会うと副長もついでに新しい筆と硯を買って来いって金子をくれた。
それから廊下で会った永倉さんに小遣いを渡され代わりに夏用の羽織を呉服屋へ受け取りに行くのと、原田さんには爪楊枝入れを買って来るのを頼まれた。そこの看板娘がお気に入りだとか聞かされた。見たけど、ケバい人だった。
更には賄い方から接客用のお茶っ葉と茶菓子などなど、皆からついでとばかりに何やら頼まれていくうち紙に書かないといけないくらいの仕事になっていって。
数は多いけど1つ1つは何て事ない些細な事で、俺は当然ハイハイと聞いていたが鉄は開いた口が塞がらないという状況だった。
まぁ局長や副長や隊士の皆全員が小遣いを付けてくれたり釣りは取っておけと言うから今日もかなり儲かってしまった。
そのため、取り敢えず街中を走り回りお使いを済ませた後は、旨いものをたらふく食べて気を晴らし。菓子も結構買い込んだ。大人買いってやつを一度はしてみたかったんだよな。

そして両手は買い物袋で塞がっている。皆に頼まれた物と俺の物が多い袋だ。
鉄は重い荷物を持ってくれているが、飄々とした顔で河川敷を歩いている。俺の方の袋が重いのではないかと思うくらいに。
熱いなーとかぼやきながら先を歩く鉄に俺はとうとう疲れてその場にしゃがみ込んだ。

「なぁ…重い。持って…」

「は?」

「重い。お前1つだけしか持ってねえじゃんか」

「…」

俺の手には皆の頼まれ物と自分の物と2つ。鉄は荷物が重いからと1つだけ。
鉄は俺の言葉に眉に皺を寄せただけで聞く耳持たずと先を歩き始めた。
年上のクセに、兄貴面とか普段するクセに、こんな時は冷てぇヤツ。俺は苛立ち近くにあった石を投げた。
当たるはずがないと思っていたのだが、それが思わぬことに鉄の後頭部に上手くヒット!
あ。やべ、と思った時には既に遅く。振り返った鉄は既に顔がマジだった。
やっべぇ…怒った…。苛立ったまま俺に威圧をかけるように一歩、一歩近づく鉄に俺は焦りが生まれる。


「お前は、荷物が持てないと人に石をぶつけんのか?それが武士のやる事かよ」

「いや…たまたまだろ…。ってかお前も武士なら避けろよ。後ろ傷は切腹だぜ。副長には内緒にするからさ、協力しろよ」

「・・・・・。」

背中には冷や汗なんてものが大量的に流れれば、鉄は手に持っていた袋を俺の前に置いた。
その事に俺はまさかと顔を上げたところには、鉄が世にも不気味な鬼畜の笑みを浮かべていた。それはいま鉄が支えてるご主人様とまるで一緒に見えた。


「さぁて、後は屯所まで頼むぜ。武士ならそれくらいちょろいもんだろ」

「ちょ、おま!ひっでー!全部俺に持たせるのかよ!って無視かよ、おい!!」

先に歩いて置き去りにしていく鉄に舌打ち。しても気は晴れないが、とにかく、俺は意地を総動員して立ち上がり3つの重い荷物を手にした。
俺だって日々鍛えてんだからな。覚えてろよ。ぜってぇ副長に言い付けてやる。
よろめきながら、一歩一歩、歩くが、先が見えない。
実際鉄が置いていったこの3つ目の荷物が一番重い事に気がつき、少し、申し訳ないと思った。
でも本当に荷物を置いて置き去りにして帰るとはムカつく。それでも武士かよ。
ただ、やっぱり歩いても歩いても追い付けず。もう小さくて見えなくなった鉄の後ろ姿になんだか泣きそうになる。
やっぱりこんなに重いのは1つでもいいから持ってほしいと思っていたが、鉄はもう居なくて。またその場に荷物を置き息をついた。

未だ暑い日が続き、昼間から河川敷に居ればそれだけで体力が消耗する。
大八車でもどっかで貸してくれないかな。いや今日は金があるから贅沢に駕籠を使ってみようか。でも屯所に着いたとき知られたら怒らそうだな。
と思いながら、その場に座り込めば、通り過ぎて行く人々がただ心配そうに見下ろしていく。声を掛けて来ないのはきっと俺が不貞腐れてるからだ。
ここから屯所まで普段なら四半時もしない位置にあるのに、これだけ長かったっけと思ってため息をついた。
隊士の誰か通り掛からないかな。この際だから見廻り組の人や会津の人でもいいや。あ、それだとやっぱり屯所に着いた時になに事かと怒られるか。
ああ、鉄に来てほしい。
誰にも声もかけてもらえず、助けさえも来ない状況にまた溜め息をついた。
と、その刹那…人影が俺の目の前に現れて顔を上げればほら、やっぱり来てくれた。
光が逆で表情は見えなかったが、現れた人物は俺の前に肩を竦めて眉に皺を寄せて低く囁いた。

「なに泣きそうな顔してんだよバーカ」

「うるせ…もっと早く戻って来いよバーカ」

「ったく皆待ってるし早く帰るぞ。一番軽いの持て」

そうぶっきらぼうに、重たい荷物を二つ持ってくれて、やっぱりその優しさに俺は胸がきゅんと高鳴った。
軽い荷物と言ってもやっぱ重いけど、また先を進んで行く鉄の後を追いかけて横を歩く。
へへ、と笑みを零す俺を冷ややかな目で見て、大袈裟に肩を落とした。

「あーあ、甘いな」

「何が?」

「俺がお前に」

そう呆れた感じで言う鉄に俺はヘラリと笑みを返した。
きっとそれは俺の事が好きだからだぜ、と胸の中で思いながらなんだか照れくさくてずっとニヤニヤと笑っていた。

「なに笑ってんだよ」

「いーや、なんでも」

「気持ち悪いヤツ」

そう言いながらも、フっと頬を緩ませて笑う鉄は自然と顔が赤くなった。

「人の顔ジロジロ見るな」

「はいはい、わかったよ」

肩をすくめて適当に謝れば鉄の眉間に皺が寄る。
結局こうして自分に甘い彼に益々惚れた気がした。










 

Etre fait comme un rat

A pas de loup


すき、と伝えたのは三週間前。俺も、と返事をもらったのは二週間前。
そうなって、意識して手を繋いだのは、それから三日後。そしてもう半歩…もう一歩、近付きたいと思うのは、男子として、早過ぎではない…よな?




「あのさ、鉄」

「なに…?」

買い物帰り。もうすぐ奉行所という道すがら、思わず少しだけ上擦った俺の声に鉄は振り向く。当然といえば当然の訝しげな視線が俺を貫いた。そんなものでも自分を映してくれたという事実に心が弾む。
俺ってば、我ながらお手軽というか、なんというか。


「あの、よ…」

「っ!…な、なんだよ」

空いた、というより空けた右手で鉄の左手をそっと取る。掌に滲んでいた汗は寸前にズボンで拭った。べったりした手なんて最悪だもんな。手を握った途端に体を強張らせた鉄が途端に頬に朱色を走らせて俺を見る。

ああもう、そんな顔で俺を見るなバカ。くそ、俺だって恥ずかしいんだよ。でも、これ全部お前のせいだから。


「なぁ、」

「だ、だからなんだよ!」

「キス、していい?」

「へっ…、……えっ!?」

頭からキノコ型の湯気が出るんじゃないかと思うほど爆発的に鉄の顔が真っ赤に染まった。足まで止めてしまったから俺も必然歩みを止めて一歩先から鉄を振り返る。金魚みたいに口をぱくぱくさせている鉄は、可愛い。口に出したら怒りそうだから言わないけど。
抱き付いてもいいんだけど、そうしたら今の鉄は倒れるんじゃないかと思うから、非常に惜しいけどやめておこう。

「ダメ…?」

「なっ、えっ…、キ…?…えっ」

「嫌なのか?」

目をきょろきょろさせながら鉄はアホみたいな途切れた単音を紡ぐ。
情報処理が間に合わないのかな、本当に頭から煙が出そうだ。
思わず惑って呼び掛けたけど、それも届いてないみたいだ。吹いた風が冷たさを残して2人の間を走っていく。


「ぎ…銀、なんだって?」

「いや、だからキスだよ。キス。せっぷ、」

「わあああっ!わああっそれ以上言うなあっ!」


訊いたのは鉄なのになんだそのオーバーリアクションは。袋を下げた右手をぶんぶんと振るもんだから、がさがさと買い物袋の擦れる音も盛大になっている。今まで見たことのないその必死な姿が、めちゃくちゃ可笑しいけど、可愛くて、暖かさが胸を満たしていく。愛しいって言う感情くらい俺だってわかる。寒さなんてどっかに飛んでっちゃいそうなくらい内側からほくほくと体が暖かくなった。

「なっ、なんで急に、そんなっ」

「急じゃないよ。ちょっと前からずっと思ってたし」

「でもっ、でも今初めて言われたぞ!急だろうが!」

「だって、今したくなったんだもん。待ってたらお前から誘ってくれたのかよ」

「っぅあ、それ…は…」

「ほらな。だから俺から言ってみた。けど…お前は、こーいうこと考えないんだな…」

俯き加減で上目に言ったら、考えないわけじゃない!と真っ赤な顔で怒鳴られた。それでも、さっきから繋いだ手を振りほどかれないのは、少しくらい、期待してもいいのだろうか…なんて都合の良い解釈をする俺。だから、今日はこれだけで満足しといてやろう。


「あ、鉄!あれ見て!」

「へっ?…っ…なっ!」

俺が指差した空には、何もない。ただ水色の空に綿菓子みたいな雲が浮いているだけ。それでも反射的に倣ってその方向へ顔を向けた鉄の好奇心に今はとっても感謝。
あっさり表れた頬に、ちゅっ、と音を立ててキスひとつ。すぐに離れたけれど、弾かれたようにこっちを向いた鉄の顔はこれまで以上に真っ赤だった。これは、これで面白いから。次に進むのは、まだまだ先かな。




 

A pas de loup
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