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Also love so too ulterior motive

恋も想も下心


「土方先生、これから見廻りですか?」

土方が肩口で振り向けば、そこにはこの共和国で指折りの美貌を誇り、いつしか牡丹人と渾名を持つ春日が、その花も綻ぶ絶世の顏で愛嬌を見せている。

「そうだが、お前は非番か?」

「えぇ…」

ご苦労様です、とまるで天女のよう穏やかに笑う春日。癖なのか細い指先を口許に添えている。赴きは普段の軍服では無く袴も着けていない着流し。帯の締め具合から細腰が一目瞭然として。腰元まで真っ直ぐ伸ばす艶髪は見るからに指通り良さそうで。それを一纏めに緩く結び前の方へ流している。細めた流し目の端を仄かに赤らめた春日は、土方から視線を僅かにずらした

「こんな格好でお恥ずかしながら…先生が出て行かれるのが見えたモノで御見送りにと、つい…」

コレが本当に女だったら喜んで口説いてやるんだが…と、土方が密かに思った事は一度や二度じゃない。それでも天性の性か、美人から好意を寄せられると喜ばしいのは勿論それなりに対応しようと体が動く。言うなればもうそれは条件反射だ。

「そうか、見送りなんざ大層に有り難よ。礼に土産でも買って来てやるぞ」
「え、いぇ…僕は何もそんなつもりでは…」
「遠慮する事ァねぇ。何がいい?菓子か、酒の肴とかか?」

ん?と土方が視線を合わせるよう覗き込む。勿論、特に何も意識していない。
それに春日は、頬までほんのり色付かせ。桜色の薄い唇を少し躊躇いがちに開閉してから絞り出すよう、か細い声を出した


「…では、土産など構わないので。先生が本日御無事に帰営された曉には今夜どうか僕の部屋へ、」

「行きませんよ。」

と声がしたのは土方の背後の頭上

「お、島田。遅ぇぞ」
「御待たせしました。支度が整いましたので、吹雪く前にパッパッとチャチャッと即刻参りましょう先生」
「ぁあ、」
「島田殿。まだ土方先生とお話の途中なのだが…」
「大変に申し訳ございません。土方先生はこの後の御予定がそれはもう詰まっていまして」

島田はその大きな体を丁寧に折り曲げる

「春日先生がそれほど御気遣いなさるまでも無く、本日先生は台場を回れば二刻もせず本営へ帰還されますが。更に今夜は奉行並以上の会合が予定してあるので、先生の所へ出向かれる程の御時間はありません故、日を改めて」

一思いに言い切る島田。そして最後の一言は無論、社交辞令と言うモノだ。土方の頭一つ高い位置からの威圧感は半端ない。ただ、そこで怯む春日でもなかった。新選組もとい守衛と言うか主に島田を恐れては土方に言い寄れないのだ。

「例え二刻もせずと言われてもしかし、万が一と…」
「それはまた縁起でも無い事を申されますな。御心配は及びません。この島田がお側に居る限り万が一など有り得る筈も無い。それとも春日先生はこの土方先生が易々と御倒れになると?」
「まさか、とんでもない」
「そうで御座いましょう。御承知のようであればこの話しはここまでに。御時間が無いので平に御留意下さい。ささ、土方先生お早く」
「分ァったから急かすなって」


「え、ちょ、土方先生!あ、お気をつけて!」

「悪ィな春日、そんじゃあ土産は適当に見繕ってやるから」

と、土方が言い残した途端に戸が閉じられた直後、

春日は派手に舌打ちした。

幸いそこが玄関で近くに人目は無かったが。密かに春日の美しさや上品さに思春期の淡い幻想染みた憧れを抱くような兵卒でも居たら、目を疑うこと間違いなかっただろう。それでも戸から頭を返した瞬間に春日の機嫌は治ってしまった。着流しで玄関に居るのは篦棒に寒く、土方が居れば別だが、実は限界も近かったので早々と部屋へ戻る事にする。そして土方が自ら選んでくれると言った土産に盛大に期待する事にした。雑貨など物なら墓まで持って行くつもりだが、食べ物であれば出来るだけ保存が可能なモノが良い。などと



しかし、土方の土産は会合に出された箱折の茶菓子。
それをセッティングした役の田村から、春日の分だと一つ受け取るのは後の事だ
 

恋も想いも下心
好きの有り難み

Mi gratitude of love

好きの有り難み

どこが、好き?

「歯並びがいいとこ、か」

すっきりしない返事を相手はする。
そんなとこが好きなのか?
と私が不信な目をしても、相手は表情ひとつ変えないで紫煙を吹く。
私って、気に入られるほど歯並びよかったかな?
鏡に向かってにぃーと口を横にのばして歯を見てみる。確かに、まあ、いいかもしれない。
土方さんは、私の歯並びがいいとこが好き。なぜか。


「何してんだよ」

鏡にひょっこり土方さんが映る。驚いて振り返ると、
「小顔体操なんかしなくても、お前の顔は小さいし。綺麗だぞ」と笑って行ってしまった。
小顔体操じゃない。
貴方が歯並びが好きだなんて言うから、歯並びを見てたのに。




「長いな、指」

筆を持ってると土方さんは私の手を見て言った。

「俺、お前の指、細くて長いところ、いいな」

自分って指長かったっけ。
眺めてみるが、分からない。まあ、ユキエよりは長いし細いかもしれないけど。
そうか。土方さんは私の指が細くて長いところが好きなのか。


「指、切れた」

紙で指を切った。じんじんして痛い。中指の先端に小さな切り傷。血も滲んできた。
土方さんはふうんと、見向きもせず言った。なんだ。興味なさそうな反応。
貴方は私の指が好きなんじゃなかったの?貴方の好きな指が、ケガしたのに。
なんだ。つまらなくなって、土方さんに背を向けて座った。

「なんだ、怒ったか?」

「いいえ、べつに」

「あん?指切れたくらいで拗ねんなよ」

「………」

ふざけた感じの土方さんに、ケガした中指を取られた。その指の先端をペロッて土方さんは舐めた。

「コレでいいんだろ」

「…………」

よくない。何もよくない。
別に指が切れた事に怒ってるんじゃないし。
まぁ、今のがよくないわけじゃないんだけど。
問題はそこじゃない。
土方さんは分かってないらしい。なんだよ。ちぇ。




「俺、お前の頭の形、好きだな」

後ろから眺められているのか、彼は私の気も知らないで言った。
頭の形だって?なんだそれ。鏡で見てもわからない。


「貴方、本当は私のことが好きじゃないんでしょう」

寝台に寝転びながら煙草を吸ってる土方さんに言うと、目の前に立ってる私を見上げた。

「好きだって。どうした?」

「どうって…」

歯並びがいいとこが好きだとか細く長い指が好きだとか頭の形が好きだとか、
なんだか変なトコロばっかり好きだって言うし、
言う割にはそうでもなさそうだし。なんかバカみたい。
結局のトコロは、好きじゃないんだ。って思うわけで。
最近はその煙草にさえ負けているのでは、なんて思う

「俺は、お前のこと好きだぞ。全部な。全部、好き」

なにそれ。全部って。全部ひっくるめた。卑怯だ。

「顔とか?」

「あぁ、好きだな」

「髪も?」

「そうそう」

「あとは」

軽々しいったらない。
どうせ口から出任せを言うんだ。
全部好きだというのなら、とことん聞き出してやる


「あとはなぁ、」

土方さんは間を空けた。
ほら、思い付かないんじゃないか、と思えば土方さんの口許がにたりと歪む。


「泣き顔とかな」

「…泣いた覚えありませんけど」

泣くとこが好き?そんなの記憶にないのに。

「あるよ。泣いてる」

「いつ」

「いつもだろ」

不思議そうに見つめてるとまたにやりと笑った。


「ベットの中で」

「っ・・・。」

「試してみっか?」

「結構です!」

そう言うと土方さんは声を出して笑った。


「俺、お前の困った顔好きなんだよな」

「………」

ああもう、なんでもいいや

 

Ti Amo

Ti Amo


「次はいつ…?」

たったいま熱かったはずがもう冷えてしまったベット。
その上に寝転ぶ私に構うことなく土方さんは事を終えるとすぐに着替えだす。私に背を向けて、筋肉がほどよくついた体をどんどん軍服で隠していく。土方さんはなんの躊躇いもなく帰る支度をしているのに、私はそれを見つつもう次会うことを考えている。それだけ離れるのが嫌なのに、この人は、無言で振り返りすらしない。この悲しみも恋しさ故だと思うと惨めに思う。
いつもこの静けさのまま、土方さんは上着を羽織ると「じゃあな」と一言、出て行ってしまうのだ。私の質問を、いつもどんな顔をしながら訊いているんだろう。そう思いながら土方さんの後ろ姿を見つめていると、めずらしく土方さんは出て行く前に振り返った。

え…。いつもと違う動作に違和感を感じる。
とくりと、心臓が違う感じで鳴ったのは期待と不安がいり混じっての事だ。
土方さんはじっと私を見た。とく、とく。不安が強い

「なあ、」

土方さんが口を開く。

「はい…」

いつもと違う。
私はなんだか、彼が言おうとしていることを聞きたくないと思った。何を言うのかはわからないけれど、嫌なモノを直感的に感じた。土方さんは少し黙り、でもじっと緊張を隠せない私を見ていた。暫くしてから、また、口を開いた。


「俺はもうお前を抱かない。ここにも来ない」

ゆっくりと言った。とく、とく。心臓の音は変わらない。
土方さんの次の言葉を待ったが、それだけ言うとただ私を見るだけだった。どうやら私が話す番のようだが、しかし何を言えばいいのか全くわからない。とく、とく。自分の煩いくらいの心臓の音だけが耳に響いてくる。私は今何を感じているんだろう。ただ土方さんの目に映る私は、きっと惨めなんだろうと、そんなことを考えていた。


「そう、ですか」

引き止める気にはならない私は、呟くように言った。
ここで涙でも流せば考え直してくれるかな。情けない話だが、未練がましい。同情されてまでも、ただ繋がりを持っていたい。しかしそうしても土方さんはきっと答を変えようとはしないはずだし、困らせるだけだろう。私は、頭じゃ全然理解してないし気持ち的にもまったく納得いかないんだけど、「わかりました」と口だけは言った。

土方さんは、私が了承した事がわかるとまた背を向けた。扉が開くと、廊下の明かりが私がいる部屋に差し込んだ。ああ。この後ろ姿を見る事がもうなければ、この光景を見て悲しむこともない。
じゃあなと言われ、そうしたらもう、二度とこうして会うことはなくなる。とく、とく。心臓がおかしい。ああ。行かないで。



「おやすみ」

ぱたん、と扉は閉じられた

なんでその言葉を、もっと早く言ってくれなかったんだろう。できれば事を終えた後すぐ帰ったりしないで、隣でそう言って欲しかったのに。じゃあなって言葉をいま言えばいいのに。土方さんの考えてることも、気持ちも、まったく分からない。分からないままだった。暗い天井がぼやける。





ただ、声に出さないまま
「愛しています」と呟いた




 

ti amo
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